FC2ブログ

ロコモ丼のレシピ

私的3・11

juan-lopez.jpg
あれから4年が経過しました。
東北の人びとが遭われた被害に比べれば微々たるものですが、あの日のことは今なお暗い影を落としています。
3月11日はちょうど在宅だったのですが、いつものように趣味のネットを見たりしていました。
そしたらどーんというインパクトとともにグラグラし出しました。
元々地震を怖がる方ではないのですが、これは尋常ではないと直感しまして、模型部屋へ直行しました。
部屋の家具配置に不安があったからです。
不安な点とは、上の画像のようにふたつの縦型本棚があってその上に横型本棚が載っています。横型本棚はそう、ただ乗っけただけの状態なんです。その真下にレイアウトがあります。
模型部屋に駆けつけると案の定、上に乗せた空のクリアケースがボタボタ落下していました。
筆者は今にも横ずれして落下しそうな横型本棚を必死で押さえていました。揺れはなかなか収まる感じではありません。実際には数十秒だったかもしれませんが5分、10分にも感じました。あれは人生でも屈指の恐怖体験でしたね。
この時点で震源地は関東のどこかだと信じて疑いませんでした。

あれから4年、いまなお家具配置はあの時のままです。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」ってやつですね。

筆者は東北には特に縁もゆかりもなく、その方面の知人や友人も少ないのですが、ひとり、学生時代の友人I君がいました。
学生時代を過ごした板橋大山、同じ町に住んでいたのがI君でした。彼は岩手の出身でしたが、お互いの部屋を訪ねあったり、夜中に一緒にラーメン食べに行ったり、仲間数人でレンタカーハイクに出かけたりしました。
卒業後ー筆者はそのまま東京に居座り、I君は帰郷しました。その後一度も会っていません。年賀状のやりとりもあったもののいつしか途絶えてしまいました。
再開発で変わり果てた大山の町を訪れた際、ふとI君のことを思い出し絵はがきを送りました。すぐにレスポンスがあり、「いや~懐かしいなロコモ」「卒業後東京には一度も行ってない」「子供大きくなったよ」「週末のゴルフが息抜き」「なんでお前は東京にいるんだよ~」。
ノリは学生時代のままです。このやりとりが震災の半年前だったんです。
何度となく彼に連絡を取ろうとしましたがなんとなく怖くてできませんでした。彼の町は特に被害が甚大だったところです。
結局そのまま4年が過ぎてしまいました。
無事な彼を確認するまで筆者の中の震災は完結しないのかもしれません。

スポンサーサイト
  1. 2015/03/13(金) 00:53:17|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0